2009年11月30日

病院

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今日はENTEROオーナーのめでたい誕生日パーチーがあるというのに




私は不覚にも家で静養しなければならない。





事の発端は5日前だ。出張から帰ってきてからどうも




体の具合がおかしかった。





根性で直そうと思っていたがなかなか回復せず昨日ついに






病院に行ってきた。






私は病院がかなり苦手だ。






病人を見るだけで病気になりそうだ。








結局行ったのが午後1時。帰宅したのが夜9時と長丁場であった。






簡単に書くと、とりあえず私は具合が悪い旨を医者に告げた。






すると3つの検査をすると言ってきた。





2つ検査を終え問題なし。






油断していたら最後の一つの検査で問題があるらしく






医者の様子が完全にテンパっている。







それを見ていた私もかなりテンパった。







私:   おい医者!どうなんだ!おれはやばいのか?



     


     死ぬのか?  えっ?







医者: まだなんとも言えないが「〜炎」の疑いがあります。





    取り合えず点滴をしてから様子をみます。








私は中国語の医療用語をあまり知らない。






何炎の疑いがあるのかわからず不安が募る。






私:  〜炎とはなんなのだ?やばいのか?手術か?







医者: とりあえず点滴を受けてください。













言われるがまま点滴室へ行く。そこにはオバちゃん看護婦が






待っていた。






医者に渡された書類を渡すと驚いた様子だった。






看護婦: 何!? 〜炎!? (驚)






私:  なんだ?これはやばい病気なのか?







看護婦: これ誰? あなた本人?







私:  そうだが。。。何か?







看護婦:  没事。大丈夫だよ。







私: おい!お前さっきの驚きようはなんなんだ!






   正直に答えろ!








患者を不安にさせるとはなんたることだ。





段々とこの病院に対する不安が増してくる。





と同時に医者や看護婦は患者を不安にさせないように、






もっと演技力を磨くべきだと思った。







とりあえず嘘でもいいのだ。








この状況で私が必要としていたのは







みのもんた並みの演技力だった。







ただ「大丈夫だよ」ということが聞きたかっただけなのだ。









中途半端な看護婦の演技に苛立ちつつとりあえず点滴を受けた。









5時間かかった。








その後また検査をした。






するとさっきよりも何かの数値がいいらしく







ただの「胃炎」であることが判明した。







とりあえず一安心だが、まだ治ってはいない。








ガッツリ休もうと思う。


























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2009年11月19日

究極の信頼

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今年の夏からぼちぼち仕事をさせてもらっているのだが










業務上でのいろいろな「裏切り」や「契約違反」、









「模倣品の横行」などのブラックな話をよく耳にする。









そこで今回のテーマは「信頼」について話そうと思う。














皆さんは「信頼の定義」についてどのように考えるだろうか?









例えば、「金を貸してもいい奴」






    「自分の留守を任せれる奴」






    「〜年以上付き合いのある奴」






    「血縁関係のある奴」











などなど、信頼にもいろいろあるとは思うが一番分かりやすい、










または一番信頼度を測りやすいのはやはり「金」だろうと思う。











具体的にこの人にはいくらまで貸せるのか?









100円の奴もいれば全財産貸してもいい奴もいるかもしれない。










また、信頼には付き合い年数や血縁関係なども












左右してくるだろうと思う。











親、兄弟、学生時代の友達や幼馴染みなどは既に相当の








信頼があることだろう。















そこで考えてみた。












私の考える「信頼」とは、









「だまされてもいいやと思える奴」だ。














これが究極の信頼ではないだろうか?

















違うか?




















posted by master at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年11月08日

松井に見るかっこいい奴の条件

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先日のヤンキース松井秀喜の活躍はもう皆さんご存知だろう。





実った夢 信じた心…松井秀喜の悩み、突き進んだ7年





WIKI 松井秀喜





私はネットテレビで観戦していたが彼の活躍には




かなり興奮させられた。




2003年のポストシーズンでの本塁でのガッツポーズ以来である。





本来「かっこいい」というのはこういう頑張っている人を





言う時だけに使うべきだと私はつくづく思う。









私には人生で2人、尊敬している人がいる。






その内の一人が中学時代の寮長先生だ。





私は宗教関係の全寮制の学校に通っていたのだが





先生はよく夜のお参りの後に私たち生徒に話をしてくれた。






今でも覚えているその時の話の一つを書こうと思う。






             〜寮長先生の話〜




 20年以上ここで寮長をさせてもらっていますが





今日はその中の一人の子の話をします。




ある日その生徒が私の所に来て聞きました。






「先生、どうやったら女の子にモテルのですか?」






そこで私は「何事にも一生懸命になりなさい。」





と、話をしました。





その生徒は特に部活動をしていたわけではなかったので





とりあえず目の前のこと、寮内、校内の清掃を本気で






取り組んだそうです。





それからしばらく経ったのち、彼は学校で一番モテル生徒に





なりました。「一生懸命」というのはとても大事な事です。






一生懸命な姿が人を感動させ、人を引き寄せる事が





できるようになると私は思っています」




              〜終わり〜






出来すぎた話ではあるが、私が注目したい点はやはり






「一生懸命」になるということです。





確かにチームのキャプテンなんかは一番アツくてそれを表現






出来る人がなるべきだろうと思うし、実際甲子園とかをみてても







キャプテンがランナーコーチしてたりと、一概に






キャプテン=上手な人  とも言えないと思います。






先日ブログで書いた(こちら




プロジェクトXもそうなのだがやはりがんばっている姿は






かっこいいと思う。







長くなるがここで話したいのはテレビでしか分からないが






松井選手が怪我で苦しんでもずっと努力をし続けて大きな





結果を出したことが本当の意味で






「かっこよかった」ということです。













さて、私はがんばっているのだろうか。。。













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posted by master at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記